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日本の城 其の9 松山城

大学のゼミで「夏目漱石と近代経済」という無理やり経済に絡めたゼミに所属していました(笑)
で、今回取り上げるのは、漱石の代表作「坊ちゃん」で有名な松山市にある松山城です(これもこじつけか?)

松山城は、加藤嘉明が関ヶ原の戦いの戦功で伊予松前6万石から伊予20万石に増封されたことで築城されました。
当然江戸幕府下ですので、築城には幕府の許可が要ります。
幕府は、外様大名の新規築城には候補地を3つ挙げさせたそうです。
そのうえで、第一候補を避け、第二or第三候補に許可を出すしきたりがあったとか(流石、タヌキ爺は外様には心を許しませんね)
嘉明は、勝山、御幸山、天山の三か所を選び、勝山を第二候補として届出を出したので、この勝山に許可が下りました。
地形的には、勝山が一番秀れていたようです。

嘉明が建てたのは五層の天守でしたが、会津に転封されたのちに入った久松定行によって三層に改装されました。
嘉明と久松家の間に蒲生家が入るのですが、暴君伝説があるそうで、領主としてはサイアクだったとのこと。
それに比べて、久松家は良君だったようです。
国宝姫路城と同じ連立連結式で、大天守と小天守、南隅櫓、北隅櫓の四基が渡櫓で方形に繋がっています。
姫路城に次いで、建造物を良く残しています。

訪れたのは2回。
①2000年6月
②2002年6月

いずれも前の職場での慰安旅行でした。
6月なのに、雨に祟られず充分城内を堪能しましたよ。
1回目の時に、ハイカラさんとそのお付きの人?が出迎えてくれて、一緒に記念撮影しました。
今考えれば、おもてなし武将のハシリですね。武将じゃないですけどね(;^_^A

また、道後温泉とのセットで訪れてみようか。
愚図愚図すると、定年退職後のお遍路さんでいくことになるかもしれないな(笑)
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